「喧嘩するほど仲がいい」は嘘。壊れない夫婦関係を築くために本当に必要なことって?

「喧嘩するほど仲がいい」。これは男女関係において、最も誤った表現だと思う。事実、私たち夫婦を含め、両親、友達のカップルをみても、「喧嘩するほど仲が悪い」。だから、出来る限り喧嘩はしたくない。

だけど、1つ屋根の下に住んでいる夫婦にとって、言い争いのタネは山ほどある。

例えば、掃除のやり方、晩御飯の味付け、スマホのいじりすぎ。。。などなど、狭い空間の中には見えない地雷が撒き散らされているのだと思う。その地雷を1つでも踏んでしまうと、ものすごい気まずさが家中に充満する。喧嘩は家中の酸素を奪い、居心地の悪い空気で覆ってしまうのだ。

「言わなくても分かるよね」と、淡い期待を常に持っているズボラな私と、細かいことが気になる夫。そんな2人が一緒になったのだから、毎月1度は大喧嘩。これはもう疲れる、疲れる…。

でも、ここ最近、夫婦仲が急激に良くなったと思う。

それは、夫が言いだした一言だった。
「腹が立ったときほど、相手に◯◯してくれてありがとう」って言おうよ。

それから実際にやってみることにした。

「いやいやでも、掃除機をかけてくれてありがとう」「細かいことを言ってくれてありがとう」「車を汚してきてくれてありがとう」「洗い物を増やしてくれてありがとう」

ただそれだけ。自分の不満を吐き出しつつも、ポジティブな言葉に変換して「ありがとう」で締めくくる。傍から見たら、何それ!?笑 の連続ですよね。

でもそのうち慣れてくると、

「今日もご飯を作ってくれてありがとう」「自由に外に行かせてくれてありがとう」「朝起きてくれて、ありがとう」「お金を稼いでくれてありがとう」…。

そんな言葉が自然とポンポン出てくるようになる。最近は今まで当たり前だと思っていたことも、当たり前じゃないなと考えるようになった。

人は他人から受けた悪意や言葉の暴力には敏感なのに、自分が放つ悪意はまったくといっていいほど感知できない。他人をディスるのはスッキリするし、気持ちいい。でも、そんなことを繰り返していたらいつか必ずお別れする日が来てしまう。

「自分は正しい。間違っているのは相手だ。世間だ!」と以前の私はよく言っていましたが、これって自分の弱点を絶叫していることなのかも。相手を否定して屈服させるなんて、もはや呪いの域。周囲の環境汚染にもつながるし、これだけは絶対ダメ。

1つ屋根の下だからこそ、言わないと分からない。伝わらない。何度でも言葉を変えて伝える。この連続こそが、壊れない夫婦関係を築く鍵なのではないかと。

私の理想の夫婦像は、二人ともふわりとした余裕があって、上機嫌で暮らしていけること。お互いに向けるべきベクトルは、楽しいこと、得意なこと、好きなものや美味しいもの。集中しなきゃいけないのは、相手がどう思っているのかではなく、自分がどうしたいのかだと思う。そして、その気持ちをちゃんと伝えること。最後は感謝の気持ちで締めくくって。

人生は短い。私も夫とあとどのくらい一緒にいられるか分からないけれど、最期の最期の瞬間まで、お互いにご機嫌な日々を送れることが何よりの幸せだと思う。どうせ人生は1度きりですしね^^

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください